2016年、京都に日本初のクラフトジン専門蒸溜所が誕生してから約10年。日本のクラフトジン市場は爆発的な成長を遂げ、いまや全国各地の酒造メーカーが続々と参入しています。その背景には「設備投資の少なさ」「熟成不要の短い製造サイクル」「日本固有のボタニカルの豊かさ」という3つの追い風がありました。ジャパニーズウイスキーの原酒不足という課題も、この流れを後押しした重要な要因です。
季の美 ― すべてはここから始まった
2016年、酒の輸入販売に携わっていた創業者が「仕入れ販売ではなく、自らの手で造った酒を届けたい」という想いから京都蒸溜所を設立。京都初のスピリッツ製造免許を取得し、日本のクラフトジン史の幕を開けました。
代表銘柄「季の美 京都ドライジン」の最大の特徴は、その独自の製法にあります。通常、ジンは全てのボタニカルをまとめて蒸留しますが、季の美は11種のボタニカルを6つのカテゴリに分類し、別々に蒸留してからブレンドするという手法を採用しています。
礎(ベース)
柑(シトラス)
茶(ティー)
辛(スパイス)
芳(フローラル)
凛(ハーバル)
この「六味一体」の製法が世界に衝撃を与え、2021年にはIWSCでTrophyを受賞。World Gin Awards 2022で4冠を達成し、現在は約70ヵ国に輸出されるまでに成長しました。季の美の成功は、日本中の酒造メーカーに「ジンで世界と勝負できる」という確信を与えたのです。
なぜ日本の酒造メーカーがジンに参入するのか
① 既存設備を活用でき、設備投資が少ない
ジンの本質は「ベーススピリッツにボタニカルを加えて蒸留する」こと。つまり、焼酎や泡盛の蒸留設備をそのまま転用できます。新たに大規模な工場を建設する必要がなく、既存の浸漬タンクや蒸留釜にボタニカルを加えるだけでジン製造を開始できるため、参入コストが圧倒的に低いのです。焼酎の名産地である九州、特に鹿児島にクラフトジンの造り手が集中しているのは、まさにこの理由からです。
② 熟成が不要 ― 短い製造サイクル
ウイスキーは樽で最低でも3〜5年、プレミアム品なら10年以上の熟成が必要です。一方、ジンは蒸留後すぐにボトリング・出荷が可能。仕込みから商品化まで数週間〜数ヶ月で完了するため、キャッシュフローの面で圧倒的に有利です。新しいレシピの開発サイクルも早く、市場のトレンドに柔軟に対応できます。
③ 日本固有のボタニカルが武器になる
柚子、山椒、紫蘇、桜、煎茶、昆布、檜 ―― 日本には世界のどこにもない個性的なボタニカルが豊富にあります。各地の酒造が地元の柑橘やハーブを使うことで、「日本のどこで造られたか」がそのままジンの個性となり、海外市場でも強い差別化要因になっています。
サントリーのジン戦略 ― ウイスキーの原酒不足が生んだ転換点
日本のクラフトジン市場を語る上で、サントリーの存在は欠かせません。その参入の背景には、ジャパニーズウイスキーの世界的ブームがもたらした深刻な原酒不足がありました。
ウイスキーの原酒は蒸留してから最低でも3〜5年の樽熟成が必要で、「山崎」「響」といった人気銘柄の年代物は10年、12年、あるいはそれ以上の歳月を要します。2010年代のハイボールブームと海外での受賞ラッシュで需要が急増したものの、過去に仕込んだ原酒の量は変えられません。休売・終売が相次ぎ、ジャパニーズウイスキーは「造りたくても造れない」状態に陥りました。
この課題に対するサントリーの回答が、熟成を必要としないジンでした。ウイスキーで培った蒸留技術とブレンディングの知見をジンに応用し、短い製造サイクルで高品質なプレミアムスピリッツを市場に投入する戦略です。
🎏
ROKU <六>(2017年発売)
桜花・桜葉・煎茶・玉露・山椒・柚子の6種の日本ボタニカルに8種の伝統的ボタニカルを加えた、サントリー初のジャパニーズクラフトジン。素材ごとに蒸留方法を変える丁寧な製法が海外で高評価を受け、世界的なプレミアムジンブランドに成長しました。
🍵
翠 SUI(2020年発売)
柚子・緑茶・生姜の3つの和素材を使い、「食事と楽しむジンソーダ」という新しい飲用スタイルを提案。発売初年で当初計画の3倍となる9.5万ケースを販売する大ヒットに。ハイボールに続く「食中酒」のポジションを確立しました。
サントリーは2030年に国内ジン市場を2020年比で6倍以上の450億円規模に拡大する目標を掲げ、大阪工場への55億円の設備投資を実施。生産能力を2.6倍に増強する計画です。かつての「ウイスキーの代替」としての参入は、いまや独立した成長事業へと進化しています。
全国の酒造から生まれるクラフトジン
季の美とサントリーが切り拓いた道を、全国の酒造メーカーが駆け抜けています。焼酎蔵、泡盛蔵、日本酒蔵 ―― 日本各地の蒸留の伝統がジンという新しい器に注がれ、土地ごとの個性を映したボトルが次々と誕生しています。
| 銘柄 | 蒸留所・酒造 | ベース | 注目ボタニカル |
|---|---|---|---|
| KOMASA GIN | 小正醸造(鹿児島) | 米焼酎 | 桜島小みかん |
| 和美人 | 本坊酒造(鹿児島) | 米焼酎 | キンカン、へつか橙 |
| 油津吟 | 京屋酒造(宮崎) | 芋焼酎「甕雫」 | 柚子、ヘベス、日向夏 |
| OSUZU GIN | 尾鈴山蒸留所(宮崎) | 焼酎 | 尾鈴山の野生植物 |
| 桜尾ジン | SAKURAO DISTILLERY(広島) | 中性スピリッツ | 桜花、広島産柑橘9種 |
| まさひろオキナワジン | まさひろ酒造(沖縄) | 泡盛(2種ブレンド) | シークヮーサー、ゴーヤー |
| JIN 7 | 大山甚七商店(鹿児島) | 芋焼酎 | 指宿産ボタニカル |
注目すべきは、ベーススピリッツに焼酎や泡盛を使う銘柄が多い点です。中性スピリッツ(ウォッカに近い無味無臭のアルコール)ではなく、焼酎の原酒をベースにすることで、穀物や芋の風味がジンに独特の奥行きを与えます。これは世界的に見ても日本独自のアプローチで、ジュネヴァが麦芽ベースであるのと共通する思想と言えるかもしれません。
急成長する日本のクラフトジン市場
$252M
日本のクラフトスピリッツ
市場規模(2024年)
$742M
2032年予測規模
(年率14.4%成長)
70+
国内クラフトジン
ブランド数
クラフトジンは日本のクラフトスピリッツ市場で最も急速に成長しているセグメントです。地域密着のストーリーとローカルボタニカルへのこだわりが国内外の消費者を惹きつけ、輸出市場も年々拡大しています。
世界が注目する日本のボタニカル
🍋
柚子
日本を代表する柑橘。華やかで複雑な香り
🌸
桜
花と葉の両方を使用。繊細なフローラルノート
🌶️
山椒
ピリッとした痺れと柑橘の香り
🍵
煎茶・玉露
日本茶特有のうまみと青い香り
🌿
紫蘇
爽やかで独特のハーバルアロマ
🌳
檜(ヒノキ)
森林浴を思わせるウッディな清涼感
これらの素材は海外のジンメーカーからも注目され、柚子や山椒を使う非日本産のクラフトジンも登場するほど。日本のボタニカルは、いまやグローバルなジンの語彙の一部になりつつあります。
日本のジンが世界で戦える理由
日本のクラフトジンの急成長は、単なるブームではありません。何百年もの蒸留の技術を持つ焼酎蔵・泡盛蔵の職人技、四季折々の多彩なボタニカル、そして「繊細さ」を追求するものづくりの精神 ―― これらが一体となって、世界のどこにもない日本ならではのジンカテゴリを生み出しました。
ウイスキーの原酒不足という「制約」が、ジンという「新しい表現の場」を生んだのは皮肉でもあり、日本の酒造りの底力を示すエピソードでもあります。季の美が開いた扉の先には、まだまだ広大なフロンティアが広がっています。
日本のジン文化と飲み比べてみませんか
ベルギー最高級クラフトジン The Drunken Horse Gin は
ティムットペッパーが生む3段階のフレーバー・ウェーブが特徴。
日本のクラフトジンとはまた違う世界を体験できます。
※ 20歳未満の方への酒類の販売は法律で禁じられています。